京都民医連第二中央病院広報誌 2006年10月発行 vol. 7

「蓮華寺の秋・翡翠」 Gorou Ishikawa

日本国憲法と教育基本法

京都民医連第二中央病院
院長 門 祐輔

 あらためて日本国憲法、教育基本法を読んでみた。憲法第九条は「…国権の発動たる戦争…永久にこれを放棄する。…陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」。教育基本法の前文は「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」で始まる。

 安倍首相の総裁選挙での公約の第一は、まず教育基本法を変えて、憲法九条も変えるというものであった。日本を戦争のできる「普通の国」にする、そのためのひとづくりに、今の教育基本法はふさわしくない、という考えである。その道が、アメリカと一心同体になって戦争政策をすすめ、日本にテロを呼び寄せ、平和教育を避けた「エリート育成」に偏重した教育を行い、格差をさらに拡大する亡国の道であることはちょっと考えてみれば明らかだ。

 憲法第二十五条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」。しかし高齢化、社会保障費の増加に備えて導入されたはずの消費税175兆円は、ほとんどが法人税(主に大企業)の減税に使われてきた。財源がないという理由で医療・介護保険の保険料の引き上げ、窓口負担の増加、利用の制限が行われている。

 OECDの調査によれば、日本の貧困率は先進国の中ではアメリカに次いで世界第二位である。「再チャレンジ」なんて夢のまた夢、固定した格差がさらに拡大する状況を突っ走っている。

 今必要なのは憲法や教育基本法を変えることではない。この理念を守り、テロや戦争を起こさない、社会保障を守る道であるとつくづく感じる。