京都民医連第二中央病院広報誌 2014年5月発行 vol.21

認知症はありふれた病気

研修医時代から流れる伏流水

今を遡ること十数年。僕は大学を卒業し、精神科の研修をする前に約一年間綾部協立病院(現在の京都協立病院)で内科の研修をしていました。 当時の綾部協立病院は綾部市の市街地にあり、研修では内科の急性疾患のほか外科疾患や小児疾患も診させてもらい、忙しくも賑やかで充実した日々を過ごしていました。 研修期間中は高齢の患者さんを担当する機会も多く、肺炎や脳梗塞などに認知症を合併した方もおられ、そのやりとりは今でも印象に残っています。 例えば患者さんの診察に行くと、「兄ちゃん、あんた若いのに昼間からこんなところで何してるんや。 仕事に行かなあかんやろ」と諭されたり、事前に説明はしていたものの神経学的な所見をとろうと足の裏をこすったら「何するんやな」とえらい剣幕で怒られて以降診察させてもらえなくなったり、 今で言えば老人虐待のケースで、繰り返される入退院に憤りを感じたりというような出来事でした。 今でもその時の病室や、やりとりの雰囲気が頭に浮かんできますので、研修医の僕には相当インパクトが強かったのだと思います。 僕の医師としての歴史を遡ると、認知症患者さんとのやりとりがあり、今行っている「もの忘れ外来」の伏流水が当時から流れていたのだと感じます。

もの忘れ外来スタッフ集合写真

専門的な対応

当院の「もの忘れ外来」の概要については後で述べますが、他の病院に比べて特殊であるとか、最先端という訳ではありません。 もちろん専門的な知識と診療技術をもったスタッフが診療にあたっていますが、決して特殊ではありません。 ではなぜ当院のような170床程度の病院で「もの忘れ外来」を行っているかというと、認知症という病気自体が「ありふれた病気」だからです。 「ありふれた病気」であれば、例えば地域で生活している人が「熱が出た」ときに近くの医療機関で治療を受けられるのと同じように、身近なところで、普段の生活をしながら診断・治療・相談を受けられるようにできないものかと考えたからです。 普段はかかりつけの先生に診てもらっている患者さんが、どうも認知症かも知れないし診断を受けてその後はまたかかりつけで診てもらいたいという場合や、 認知症で出てくる精神的な症状で困っているので専門的に診て欲しいという場合など、認知症への少し専門的な対応をより身近なところで実践しようと考えています。

診療の流れ

当院のもの忘れ外来の診療がどのように進むかご説明しておきます。 最初の診察では①ご本人の診察、②ご家族(介護者)への問診、③各種検査(血液、記憶力の検査など)、 ④介護や精神症状で困っていることがないかなどを含めた聞き取り・相談を大体1時間程度かけて行います。 後日に頭部画像検査を受けて頂いて、3回目の来院の時には結果説明を含めて今後の治療方針をお伝えするという、大体3回程度で初期の対応を一通り終える段取りになっています。 より詳しい評価が必要な場合には、もう少し回数と時間をかけて頭部の血流の検査や詳細な心理検査を実施することもあります。 診療に携わるのは医師の他、担当看護師、作業療法士、ソーシャルワーカーがおり、それぞれ役割を分担しながら診断や治療、介護相談がスムーズに進むよう連携をとっています

家族との連携がカギ

認知症診療においてはご本人の診察も重要ですが、ご家族からお話をお聞きし、介護の相談に乗ることも重要です。 それはご本人からだけでは診断に必要な情報が得にくいことや、介護する人が困っていることを理解しサポートをしていくことが治療上大切だからです。 また認知症の介護は比較的長期にわたることが多く、時期によっても介護の苦労の質が変わってくるため、様々な職種によるチームを作り様々な事態に対応できるよう、患者さんだけでなくご家族への援助を行っているのです。 当然ながら当院だけですべての対応が出来るわけではありませんので、他の医療機関や介護関係者とも連絡を取るようにしています。

今後の課題は…

ところで実際に認知症の患者さんの診療に関わっていて感じることは、認知症の患者さんの中でも二極化が起きているのかもしれないということです。 比較的周囲のサポートにも恵まれ、経済的にもまずまず安定し、初期からの相談や受診が可能な方々と、認知症があっても単身であるとか家庭の何らかの事情で必要な援助が受けられないままになっている方々です。 この背景には、認知症の特性ゆえご本人の病識が乏しく受診行動につながらないという場合もありますし、周囲にいる人が認知症に気づいていない、高齢単身世帯や高齢の二人暮らしで周囲との人付き合いが希薄であるなど 周囲の理解や社会・生活背景の要因が影響しているようです。認知症を患っているけれど必要な援助が受けられていない方々へどのようにアプローチしていくかということは一つの課題と考えています。

認知症という病を抱えた方を援助するときは様々なアプローチが必要です。 それは患者さん自身がどのように感じておられるかを理解しケアする技術もありますし、最先端の研究成果を臨床に活かすことや、 患者さんをとり巻く環境を整え、ご本人・ご家族・介護者の負担を減らすことなど多岐にわたります。 「もの忘れ外来」ではこれらの視点を駆使し、チーム力も活かし、必要な援助をご提供していきたいと考えています。