京都民医連第二中央病院広報誌 2012年10月発行 vol. 18

言葉は苦手でも話をすることが好き 失語症患者会「ゆるり会」

ある日突然起こった脳卒中。急性期病院で治療を受けた後、当院の回復期リハビリテーション病棟へ転院してこられます。退院された失語症の方々を中心に、今年の初めに自主的な会が発足されました。 言語聴覚士 志藤良子さんに紹介していただきます。

失語症を伝えるために

言語聴覚士になって、20年以上がたちました。この間、多く失語症の方と関わってきました。失語症は、脳血管障害などの後遺症でおこり、「話す読む聴く書く」など言語全般にわたる障害です。きき手足のマヒを伴う方も多いです。初期は、全く言葉がでない、あるいは、言葉が通じない方も多く、ご家族も困惑されますが、ご本人の混乱やショックはいかばかりかと想像します。このような、失語症の方々と長くおつきあいする中で、いつも、人の適応力や可能性に感動してきました。社会生活にとって、致命的とも言える言語の障害をもった方々が、もう一度、家族や地域、職場の人たちと新たな関係を作り上げていく中での、がんばりや苦労、喜びや楽しみを多くの人にも知ってもらいたいという思いがつのり、今年の1月に病院を退院した失語症の方々の様子をお伝えする通信を発行することにしました。また時を同じくして、50代の失語症の男性Hさんが、喫茶店をはじめられたこともあり、そのお店を会場にして、月1回、失語症の方々を中心とした「ゆるり茶話会」も開催することになりました。ある日の「ゆるり茶話会」の様子を紹介させてもらいます。

ある日の「ゆるり茶話会」

会計係のSさん、今月の新聞発行にかかった金額と会の残高を報告することになりました。失語症の方にとって、数字を読むのは一苦労。隣のHさんが、「これ」と画用紙を渡します。Sさんはにっこり会釈し、紙に「2780円」と書きます。今度は、隣のUさんが、「寄付」と発言。数名の方から寄付をいただいたらしいのです。「あのーあのかた、かた」他の人が、「片岡さんのこと?」Uさん「そうそう」。2330円の寄付をもらったので、次に、それを元金に足して、発行の金額を引くという作業が必要になりました。Sさんが、画用紙に○をたくさん書き出しました。繰り下がり計算は並べて書いた○を消去する形で計算するようです。口々に「私は計算あかん」「難しいな」とみんなが見守る中、なんとか、現在の会の残高が計算できました。よかったな~と安堵のため息と、拍手がおこります。このように、ゆるり会はゆるりゆるりと進んでいきます。一方で、さすが、関西人。ことばのでにくい失語症の方々も、ぼけとつっこみにはぬかりがありません。

どんな病気で失語症になったかのかという話題でKさんが、「(脳梗塞の人が多く)あんたと私だけが出血や。なんか、仲間はずれやな~」(笑)とか。だされたジュースをみて、「ジュ、ジュースみたいな甘いもんはあかん。と、糖尿やで」と言うTさんに、隣のIさんは「あんたかってやな。(ビールはよう飲んではるやろに)」(笑)などなど。会では笑いがたえません。

話をすることが好き

 6月、ゆるり会のメンバーが自分達だけで新聞発行を企画し、作文を書き(文章の苦手な方は家人に手伝ってもらい)、レイアウト、印刷、配布までをやってのけられました。本当に驚きです。その中に、Sさんの名文がのっています。「失語症でもいろいろある。漢字はわかるけど、しゃべるのができない人。しゃべるけど、ときどき間違う人。しゃべるけど、すぐ忘れる人。でも、それでもいろいろな会話で話しをするのが好きです。だいたい、わかるし」

現在、会費を払い定期的に会に出席されている方は、8~9人です。第二中央病院の回復期リハビリ病棟を退院された方が半分で、後の半分は、メンバーが誘ってきた方々です。勧誘の第一人者のHさんは、右片マヒの方をみつけると、「一緒やな~」と声をかけ、あっという間に友人になってしまいます。先ほど紹介したように、Hさんは自宅を改装し、喫茶店を開きました。今は、昼間は友人宅でアルバイト、その後夕方から、「バー」を開いています。右片マヒ・失語症の方が自分でバーを開いているのは、日本広しといえどもHさんだけではないでしょうか。

Hさん以外にも、歌を作り、仲間とコンサートを開いている方、子育てと仕事に奮闘するスーパーママ、左利き用に改造した車も運転します。野の花の生け花名人、パソコンへのチャレンジャーや場の盛り上げ名人、天神さんの露天商をはじめた人、改造3輪バイクやブログへの挑戦者など、とにかく、心強くて、豊かな人たちです。いくつも山を越えて得た落ち着きと、これからも、新しく出会った仲間と新たな山越えにチャレンジしようという活気があります。今後の計画も目白押しです。初めの言葉が吃になり、ときどきしゃっくりが止まらなくなるTさんの「歌はスラスラや」の発言を確かめに、みんなでカラオケにいくそうです。シンガーソングライターのKさんのライブをする計画をたてたり、秋には動物園、春には作品作り。障害者のスポーツセンターにも行かなければいけないし、皆さん楽し忙しの日々を送られています。

わくわくする仲間に

ゆるり会をしていく中で長年言語のリハビリを仕事にしてきた私の中で失語症の方々へのイメージはかなり変化しました。「コミュニケーションが苦手な手助けの必要な患者さん」から、言葉の問題は問題でなくなり、少ない言葉だからこそ言葉が光り、笑いが輝き、一文字が多くを語り、一緒にいると教えられ、癒され、わくわくする仲間になりました。仲間に入れてもらって、ありがとうという感謝の気持ちで一杯になるゆるり会です。最後に、新聞作りの企画提案者である40代女性Uさんの新聞記事を紹介させていただき、終わりにします。

「私たちは、失語症です。脳出血、脳梗塞などです。その後、失語症とマヒ。失語症は、言葉で伝えることが苦手です。「聴く・話す・読む・書く・計算する」などうまくいきません。それも、あの人は、「読む」はできる。この人は、「読む」が苦手。失語症は、ばらばらです。でも、話したい。書きたい。絵でも身ぶりでも…。だから。1ヶ月、1回、集まっています。①ひとり、ひとり、思ったこと、どこか行ったこと、話す。できたこと、難しいこと、話す。②歌③新聞 などなど。おもしろいです。楽しいです。失語症で外に出るのは…と思ったら、「ゆるり会」があります。お待ちしてます」。

日時:毎月第4木曜日13:30~15:30
場所:「散歩カフェ」林原 伸樹さん宅です。
住所:京都市上京区新白水丸町457-4
電話:075-431-5100
「ばー」は、火~土の18:30から開いています。

ゆるり茶話会や、ゆるり新聞についてのお問い合わせは、上記または、介護老人保健施設茶山のさと 言語聴覚士 志藤 良子までお願いします。