京都民医連第二中央病院広報誌 2008年11月発行 vol. 11

「マルバノキ」 Gorou Ishikawa

「蟹工船」と社会保障

京都民医連第二中央病院
院長 門 祐輔

 戦前に書かれた「蟹工船」が大ブームで、今年の上半期に、古典では異例の40万部が増刷され、例年の100倍の売れ行きとなっている。小説は「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」で始まる。出稼ぎ労働者を安い賃金で酷使し、高価な蟹の缶詰を生産する海上の閉鎖空間での搾取は、現代の派遣や請負の労働現場とダブる。正社員になれるのは2人に1人という若者だけでなく、その母親たちがこの本を買って読んでいるという。

 若者だけではない。最近当院に通院や入院する方の中に、ネットカフェで寝泊まりする中年や高齢者がおられた。外来や地域で話をすると、だれもが「将来が不安」という。ほんの十数年前まで「一億総中流」と言われていたなんて信じられないくらいに格差が進み、日本は今や先進国ではアメリカに次いで「貧困率」が世界第二位になってしまった。

 ようやく「構造改革」「市場原理主義」の弊害が社会の共通認識になってきた。医療や介護の現場で働くものは、人間を大切にし、社会保障を充実することが最も大切であると思っている。京都府医師会の発行する「京都医報」10月15日号の巻頭言のタイトルは「市場主義の終焉と真の社会保障の確立」。「『社会保障立国論』をその政策方針として策定し、ぶれない立場で広く社会に政治に働きかけを行うべき」という主張には大賛成だ。

 「蟹工船」は「そして、彼等は、立ち上った。――もう一度!」で終わる。社会保障の充実を求める医療・介護関係者と市民が一緒になって、立ち上がるときであると思う。

 当院も、大いに社会に政治に働きかけを行いたい。そして従来にもまして、そうしたひとたちにやさしい病院でありたい。